初心忘れるべからず

今日、ちょっとしたきっかけで自分が二輪免許取りたての頃のことを思い出した。

当時貧乏だった僕は(今も十分そうだけど)教習所に通うわけにはいかず、
自二免許(今の中型自二)を取るためにだだっ広い駐車場で友達のH君にコーチをつけてもらって練習をした。当然車両はH君のもの。CB400SFだった。限定色のパールホワイト。
後にオーリンズのフルアジャ入れたりいろいろかわいがってた車両を、原付しか乗ったことのない僕によく貸してくれたもんだ。いまさらながらその太っ腹に感服する。

案の定、練習でコカしてレバー曲げてクランクケースに傷を入れても、H君は「おいおい~」なんて言いながら笑って許してくれたなぁ。書店で買った教習本片手に、課題・法規とも三日間ぐらいみっちりレッスンをつけてもらった。練習でCBをコカした帰り道、平塚の南海部品でクラッチレバーを買ってその場で交換。H君は曲がったレバーも捨てないで次回コカしたときの予備としてシート下にしまった。そんなことまで僕は「なるほどなぁ」と感心しきりだった。

まったくもってH君のお陰で、3回目に試験を合格した。試験場にも来てくれたな。
晴れて免許保持者になってからも、H君からはいろいろ学んだ。
僕をよくタンデムで乗せてくれたのも、あれはレッスンの一環だったんだぁ、と今になって思う。
椿ラインをタンデムで攻めて(笑)僕は初めて後輪旋回の感覚を知ったし、ライディングのリズムを僕はバックシートで盗むことができた。

仕事明けの午後、ひとっ走りして湯河原から箱根を上がって芦ノ湖まで。
ラーメンかハンバーガー食べて帰ってくる。
そんな生活してたら、僕もいつの間にかH君のペースに付いていけるようになった。
もっとも、彼が本気で峠を攻めているときは僕など敵じゃなかったけど。
あのころのH君は速かったなぁ。今になってあれは速すぎたんだなと思えるようになったけれども。
プアなタイヤでガンガン行ってた。貧乏なのにね。足折ってたりもしてたな。しとどのコーナー。

そのうち類が類を呼んで、周りにオートバイ乗りが増えた。
だれも携帯なんか持たなかった頃、平日の夜11時過ぎに、多いときには8台ぐらいのバイクが集まってただ何となく走りに行ったり。アホだねぇ。
ヘタッピだった僕はいっちょまえのしたり顔をし始め、さらにヘタッピだった僕の後輩はそのうち僕より速く、そして上手くなった。あーだこーだ言ってバイクの手入れを一緒にやって、乗り方の話をつまみに酒呑んで。そんな頃があった。ずいぶん前のことのようだけど、そんなに昔のことじゃない。

みんな仕事だとかいろんな事情でバイクに乗れたり乗れなかったり。そりゃいろいろあるよね。
僕はまた最近乗り始めたよ。オートバイに乗ることはあのころよりも今のほうがずっとずっと怖いけど、
あのころと変わらず今も楽しんでる。楽しみ方が少し変わったんだろうか。わからないな。

H君は郷里に帰って今も元気だ。時々電話で話をする。CBは不動だがまだ処分せずに持っているそうだ。
「直してやらなきゃね」というのを聞いて僕は何故か嬉しかった。